富増章成 受験の日本史

授業の補足、自宅学習の人もがんばってね。

いやー、なんか出そうなとこだなぁ

山川出版社『詳説 日本史B』(B309)より引用

 

★これらの記述の背景や影響などもあわせて読んでおこう★

 

p265

さらに1876(明治9)年にはすべての受給者に年間支給額の5〜14年分の額の金禄公債証書を与えて、秩禄を全廃した(秩禄処分)。…小禄の士族が受けとった公債の額はわずかであったから、巡査・教員などに転身できなかった多くの士族は生活に困り、公債を元手になれない商売に手を出し、失敗して没落したものも多かった(「士族の商法」)。

 

p348

・輸出の躍進に加え赤字国債の発行による軍事費・農村救済費を中心とする財政の膨張で産業界は活気づき、日本は他の資本主義諸国に先駆けて1933(昭和8)年頃には世界恐慌以前の生産水準を回復した。

 

p354

・戦争の拡大につれて軍事費は年々急増し、財政膨張があいつぐ増税をもたらし,膨大な歳出をまかなえずに多額の赤字公債が発行され、紙幣増発によるインフレーションが進行していった。

 

p305

・小作料は現物納で,地租は定額金納であったから、米価の上昇は地主の収入増となり、地主は小作料収入をもとに企業をおこしたり、公債や株式に投資したりして、しだいに資本主義との結びつきを深めた。

 

p380

GHQは、日本の経済復興に向けてつぎつぎと積極的な措置をとった。片山哲芦田均内閣のもとで実施された傾斜生産方式は、生産再開の起動力となったが,赤字財政による巨額の資金投入にともなって、ますますインフレが進行した。

 

p399

・1964(昭和39)年には東海道新幹線が開通して高速輸送時代を迎えたが、国鉄財政はこの年から単年度で赤字となった。

 

p405

・こうして、日本経済は高度成長の終焉を迎え、成長率の低下、物価上昇、経常収支の赤字という三重苦(トリレンマ)に直

面することになった。

 

p414

小泉首相は、小さな政府をめざす新自由主義的な政策をとり、不良伯権処理の抜本的な解決を掲げるとともに,財政赤字の解消と景気の浮揚をめざして大胆な民営化と規制緩和を進めた。その結果、「失われた10年」と呼ばれた不況期を脱したかにみえたが、福祉政策は後退し、所得格差・地域格差が広がった。