トマスワンニャン:富増章成

歴史や思想を知っておくと便利です

労働運動・社会主義が出ないわけがない

話は遡ること…

 

【第一段階】

縄文時代には「身分の上下関係や貧富の差はなかったと考えられる」

山川出版社『詳説日本史B』P14より

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【第二段階】

P18

弥生時代

「こうした大型の墳丘墓や多量の副葬品をもつ墓の出現は、集団の中に身分差が現われ、各地に強力な支配者が出現したことを示している」

 

これが、すべての始まりだ!

 

山川教科書

P19

小国の王

P20 環濠集落・高地性集落

集落のバトル!

 

山川教科書(以下同じ)

P21

「…大人・下戸などの身分差があり…」

 

P23〜33

ヤマト政権

大王…私有地(屯倉)・私有民(名代・子代)

豪族…私有地(田荘)・私有民(部曲)

★奴隷として所有されるヤツコ(奴婢)

 

P34〜

律令国家の形成

 

P43のをしっかり復習しよう

民衆の負担

 

P44 良民と賤民

P52 農民の苦しみについての記述をよく読んでおきましょう。

 

P54 浮浪・逃亡、私度僧

P63 8世紀後半から9世紀になると、の言う民間に貧富の差が拡大し、有力農民も貧窮農民も浮浪・逃亡などさまざまな手段で負担を逃れようとした。そして戸籍には、兵役・労役・租税を負担する成年だんせいではなく女性の登録を増やす偽りの記載(偽籍)が増え、律令の制度は実態と合わなくなっていった。

 

こうして、班田収授は実施が難しくなります。国家財政の維持ができないので、公営田・(元慶)官田・勅旨田などができます。

 

P78

10世紀の初めは、律令体制のいきづまり…

律令制が崩れていった要因に、農民の抵抗運動(浮浪・逃亡・偽籍)があったと捉える見方があります。

 

P79 田堵、負名のところをよく読みましょう。

P80 寄進地系荘園の上下関係を確認しましょう

荘園領主荘官・名主・作人・下人と所従

 

P81 9世紀末から10世紀にかけて地方政治が大きく変化…、武装…、各地で紛争…。

 

P82の欄外

「武士とはもともとは朝廷に武芸をもって仕える武官を指していた」

 

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【第三段階】

P96 主従関係

P99 封建制度の説明がとても重要です。

欄外の③も読んでおきましょう。

 

P111

同業者の団体である

借上、問丸、宋銭の時期を確認

借上の絵がすごいね。

 

「…荘園領主や地頭の圧迫・非法に対する農民の動きが活発となり、団結して訴訟をおこしたり、集団で逃亡したりする例も多くなった…」

P112 

コラムの「悪党の活躍」がスゴい!

 

P132 〜

正長の徳政一揆柳生の徳政碑文の写真(P133)

播磨の土一揆(P133の欄外②を読んでおこう)

嘉吉の徳政一揆

山城の国一揆

加賀の一向一揆

 

★いやー、民衆の闘争がでますねー。

平安末期・鎌倉・室町は、貨幣経済が背景にあるので、P138などもよく読んでおきましょう。

 

山川教科書のP155

誰も読まんところにいいことが書いてあるんですよね。

こういうザックリ感が共通テスト向きですよね。

 

幕藩体制は、検地・刀狩を通して兵農分離された安定した封建支配体制であった。しかも武士を支配身分とする身分階層の序列が固定していたことから、260年余り封建体制が続いた。その間人口の80%をこえる農民の生産力は上昇し、元禄期以降には庶民の文化や学問は全国的に着実に発展した。18世紀半ばからは地主・小作の関係が展開したことで封建体制は動揺を始め、農民一揆や都市の打ちこわしも発生した」。

 

P187〜191

村と百姓の構造をよく読んでおきましょう(町人もね!)。

 

P222

百姓一揆の推移のグラフ

傘連判状

農民らが団結してるね!

 

P221〜223の農民闘争なくして、江戸時代は語れない…。

 

そして、いよいよ封建制がダメだという話がでてくる。

意味があるからめちゃくちゃ試験に出る!

 

P227

18世紀半ばになると…

安藤昌益『自然真営道』

万人直耕

 

あと、P244

封建制度の維持や改良を説く経世家の活動が活発になった。

 

海保青陵、本多利明、佐藤信淵

 

★ここ、よく出題されるよ。内容が出る。

 

P238

甲斐国郡内地方・三河国賀茂郡一揆がおこった

大塩の乱、生田万の乱

 

え?労働運動と社会主義の話が出てこないって?

 

いやいや、縄文が無階級だったのに、弥生で階級が発生して、その後、みんながちょくちょく権力に対して暴れてっていうパターンが、そのまま、労働運動のパターンとシンクロしてるんですよ。

この全体の考え方が「社会主義共産主義の哲学」に入っているわけ。

 

さて、

P241 19世紀にはいると、一部の地域絵は地主や問屋(商人)が家内工業を設けた。さらに農業から離れた奉公人労働者)を集め、分業と協業による手工業生産…これをマニュファクチュア(工場制手工業)といい…、大坂周辺や尾張の綿織物業、桐生・足利など北関東の絹織物業などで、天保期(1830〜44年)頃からおこなわれ始めた。

★隣にある写真見てね。

 

ここの重要性はなんと言っていいのでしょうか。

マニュファクチュアがあるからこそ、近代の資本主義につながるという話です。

それが、資本家と労働者の対立を生み出し、唯物論弁証法によって、革命闘争が起こり、社会主義段階へ移行…、と日本はならなかったんですが…。

 

P257

世直し一揆

P258

伊勢神宮への御蔭参り(おかげ参り)の流行とともに、時代の転換期のゆきづまった世相から救われたいという民衆の願いにこたえていた。

 

1867(慶応3)年、東海・畿内一帯の民衆のあいだでは、熱狂的な「ええじゃないか」の集団乱舞が発生し、この「世直し」を期待した民衆運動は幕府の支配秩序を一時混乱におとしいれた

★となりの絵もみてね。絵の下の説明も読んでね。

 

こうして、幕府は滅亡。封建制は終わりました。

 

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【第4段階】

山川の教科書P249

誰も読まんところに、いいこと書いてます。

 

総力戦として戦われた第一次世界大戦中、各国は、兵士の大量動員と熟練労働力の確保という両立の難しい問題に直面した。

戦後、社会主義思想労働運動が隆盛する要因はここにある。

★もちろん、戦前の社会主義思想と労働運動も試験に出ます。

 

教科書で、「労働」、「労働者・資本家」、「社会主義」、「共産党」、「マルクス主義」、「階級闘争」などの用語があるところを集中的に読みましょう。